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大阪地方裁判所 昭和33年(行)45号 判決 1958年11月17日

原告 殿島博子

被告 大阪国税局長

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が昭和三三年五月二六日付でなした原告の昭和三〇年分所得税無申告加算税および同年分再評価税無申告加算税に関する各審査決定をいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  本件各課税決定の経緯は次のとおりである。

原告は昭和三〇年四月大阪簡易裁判所に対し、訴外山本康栄および訴外日本印刷株式会社を相手方としてそれぞれ建物収去土地明渡の調停申立をなしたが、(イ)山本康平に対する調停事件については、同年九月二七日、原告は山本に対し原告所有の大阪市東区常盤町二丁目一八番地宅地一一三坪一合五勺を代金九一万円にて即日売渡し、山本は同年一〇月一五日かぎり右代金のうち六〇万円、残金を翌一一月以降毎月一〇日かぎり一ケ月八万円ずつ支払い、原告は代金全額の受領と同時に右宅地の所有権移転登記手続をなす旨の調停成立し調書に記載され、その結果翌三一年一月一一日原告は代金の完済をうけ、同日山本に対し右移転登記手続をなし、(ロ)日本印刷株式会社に対する調停事件については、昭和三〇年一二月八日、原告は同会社に対し原告所有の大阪市東区神崎町四五番地および四五番地の一宅地一二七坪一合を代金一六五万円にて即日売渡し、同会社は原告と協議のうえ翌三一年二月末日かぎり代金を支払い、原告は代金完済当日右宅地の所有権移転登記手繞をなす旨の調停成立し調書に記載され、その結果同年一月一七日原告は代金金額を受領し、同日同会社に対し右移転登記手続をした。

よつて原告は昭和三一年一〇月九日所轄の布施税務署長に対し右の各売買にもとずく譲渡所得による昭和三一年分所得税および個人再評価による同年分再評価税の申告をなしたところ、同署長は右所得税および再評価税をいずれも調停成立日の属する昭和三〇年分に帰属すると認定して右の各課税の本税額の外に、同年分の右各課税申告期限内に各課税申告をしなかつたことを理由とし所得税につき無申告加算税額二〇、二五〇円と決定し昭和三二年八月一二日その旨通知し、再評価税につき同加算税額一二、六〇〇円と決定し同年六月七日その旨通知し来つたので、原告は適法に布施税務署長に対し所得税、再評価税の無申告加算税の決定について各再調査の請求をなしたが、同署長は所定の期間内に何らの決定もしなかつたので、被告に対しいずれも審査の請求があつたものとみなされ、次いで被告は昭和三三年五月二六日付で各審査の請求を棄却する旨の決定をした。

(二)  しかしながら、右の各審査決定には次のような違法がある。

すなわち、所得税は納税義務者に現実の所得が生じた場合にかぎりこれを申告、納付する義務があり、賦課されるべきであり、したがつて本件においては原告が山本康栄または日本印刷株式会社からそれぞれの宅地売買代金の全額を受領した日の属する昭和三一年に本件の各譲渡所得があつたものとして申告、課税すべきであるに拘らず、被告は原告が単に宅地の譲渡契約をしたにすぎず、所得税法上将来入手しうべき数字上の金額である売買代金債権を取得しえたにとどまる調停成立日に原告に所得が発生したものとみなし、その日の属する昭和三〇年に譲渡所得が帰属すると認定して審査決定をなしたもので違法であり、被告認定のとおりとすれば、売買において代金の長期分割払の契約或は代金債務不履行等の場合にも、なお売買契約成立の日に譲渡所得が発生したとみることとなり、右は所得税法の理念に違背した解釈であり、また資産再評法上再評価税の申告、納付等の期限の基準をなす譲渡した日とは譲渡契約成立の日と解すべきでなく、本件においては原告が山本康栄または日本印刷株式会社に対し、それぞれ調停条項にもとずき代金完済と同時にした宅地の所有権移転登記手続の日とすべきであるに拘らず、被告は原告が売買契約をしたにとどまる調停成立日を譲渡した日として取扱い、その日の属する昭和三〇年分として同年分所定の期限に再評価税の申告、納付の義務ありとなし審査決定をした違法がある。

しかして原告は本件所得税および再評価税の本税額の全額をそれぞれ既に納付したが、以上のとおり課税年を誤認した結果なされたこれらの各無申告加算税に関する各審査決定につきいずれも、不服であるのでその取消を求める。

と陳述した。(立証省略)

被告は主文と同旨の判決を求め、請求原因に対し、

(一)  原告主張の(一)の事実は認めるが、(二)の主張は争う。

(二)  所得税無申告加算税の決定について。

原告は本件各売買による譲渡所得は売買代金を現実に受領した昭和三一年分として帰属すべきものと主張するが、本件各売買はいずれも調停期日において成立し、代金請求権の内容および金額が確定しその旨調停調書に明記されているのであるから、右代金債権の確定時期である昭和三〇年分として課税することは違法ではなく、布施税務署長は原告には同年中に右譲渡所得以外の所得がないため、右譲渡所得による総所得金額を三七八、七〇〇円、基礎控除額を七五、〇〇〇円、課税標準額を三〇三、七〇〇円、所得税額を八一、四五〇円と認定して決定し、さらに原告は同年分所得税の申告期限までに何ら正当事由なく同年分の申告をしなかつたのであるから、原告主張どおりの無申告加算税額を決定した。原告は総譲渡所得金額を同署長の認定額と同一とする昭和三一年分所得税申告書(七月予定申告書)を同三一年一〇月九日同署長宛提出しているが、右申告は所得の帰属年分を誤つたものであり、このような同三一年分申告書の提出があるからといつて、原告の同三〇年分所得税についての無申告の瑕疵が治愈されるものではなく、また無申告加算税を免れうべき正当事由ともなりがたい。

(三)  再評価税無申告加算税の決定について。

本件各売買は前記のとおり調停期日に成立した調停として契約したものであつて、この売買による再評価税は契約成立日の属する昭和三〇年分として課税すべきである。原告は再評価税課税価格を一、〇五九、六〇〇円、再評価税額を六三、五七〇円とする再評価税申告書を昭和三一年一〇月九日布施税務署長宛提出し、同署長は右申告にかかる課税価格、税額を正当なものとして是認した。しかしながら再評価税申告書は本件のごとき個人所有の土地の売買については、資産再評価法四七条一項により譲渡した日の属する年の翌年二月一六日から三月一五日までに提出しなければならないと定められており、右譲渡した日とは契約成立の日と解すべきであるから、原告は申告期限経過後に申告したこととなり、右期限後の申告には何らの正当事由がないと認められたので、同署長は原告に対し同法八〇条、八三条により原告主張どおりの無申告加算税額を決定したもので、右決定は違法とはいえない。

以上の理由により布施税務署長の各決定を認容した被告の本件各審査決定もまた違法ではない。

と陳述した。(立証省略)

理由

原告主張の請求原因(一)の事実は当事者間に争がない。

そこで本件各無申告加算税の決定の適否について考察する。

(一)  まず本件譲渡所得の発生時期について検討するのに、所得税法は所得額等の認定にあたり各年分による期間計算の方法をとり入れたうえ、所得の発生をいずれの期間に帰属さすべきかにつき、同法一〇条一項により収入する権利の確定した時期を基準とする旨規定し、いわゆる講学上現金主義に対立した発生主義の立場を採用するものであるから、原告が主張するごとく本件各宅地の売買代金の取得時に右売買による譲渡所得が発生したものとみるのは相当でない。しかしながら、所得税法上いかなる事実をとらえて権利の確定と解するかについては、個々の具体的な権利の収入を規制する契約内容その他の法律上、事実上の諸条件を綜合考慮して決すべきものと考える。

ところで、本件譲渡所得の対象となつた各売買契約は、いずれも調停期日において成立した調停の内容をなし、同時に代金額およびその支払期についても確定されたうえ、即日売買契約の効力を発生させ、これらは調停条項として調書に明記されたものであるところ、右調停調書の記載は裁判上の和解と同一の効力を有ししたがつて原告の代金債権は法律上その取立を容易に保障されることとなり、また相手方の代金支払期は契約後、山本康栄においてはほぼ三分の二に相当する六〇万円を一ケ月以内に、残金につき一ケ月半後三ケ月にわたる月賦とし、日本印刷株式会社においては三ケ月以内とそれぞれ定められた比較的短期のものであり、他方売買契約(調停成立)当時代金の取得について事実上困難ないし不能の疑があつたとの事情を認むべき証拠なく、かえつて原告において自認するとおり、約定の代金完済期以前にそれぞれの相手方から原告が代金全額を受領済である事実からすれば右と反対事情を推認しうる。以上説示の諸条件のもとで規制された本件各代金債権の前記確定時期はその各売買契約効力発生の日であると解するのを相当とする。したがつて本件譲渡所得は各調停成立の日(山本について昭和三〇年九月二七日、日本印刷株式会社について同年一二月八日)の属する昭和三〇年分として発生し、原告は同年分所得の申告として所得税法二六条一項に規定するとおり、翌三一年二月一六日から三月一五日までにその確定申告書を提出しなければならない義務あるものである。

(二)  次に本件再評価税の申告時期について検討するのに、再評価税はその課税目的の一として、資産の譲渡等があつた場合にインフレーシヨンによつて生じうる名目的譲渡所得等に対する課税を適正にするため、これに代えて課せられるものであるから、資産再評価法は同法に規定する減価償却資産における特定の場合を除き譲渡による再評価税は譲渡がおこなわれ、それによる所得を生じたときに申告、納付すべきこととしたものというべく、本来の譲渡所得税の申告、納付の義務発生とその軌を同じくすると解せられる。したがつて本件のような個人所有の宅地の売買により納付すべき再評価税の申告期限の基準について規定した同法四七条一項にいう「譲渡した日」とは、前に説明したところと同様本件においては各売買契約効力の発生の日というべきであるから、原告は再評価税の申告として右四七条一項の規定にしたがい、各調停成立日の属する年の翌三一年二月一六日から三月一五日までにその再評価税申告書を提出する義務あるものである。

(三)  布施税務署長は、原告が本件各売買による総所得額を同署長のした決定と同額の昭和三一年分所得税申告書(七月予定申告書であるとの被告の主張を原告は明かに争わない。)を、また再評価税課税価格を同署長の是認した額と同一の再評価税申告書をいずれも前記申告期限の後である昭和三一年一〇月九日同署長宛提出したのに対し、昭和三〇年分所得税につき無申告であるとし二〇、二五〇円の所得税無申告加算税を、再評価税につき期限後申告であるとし一二、六〇〇円の再評価税同加算税をそれぞれ決定したものであるところ、各無申告加算税額の算出の基礎ならびに方法について原告は何らの不服の主張もしないので、その計算は正当なものと推認することができ(所得税法は課税標準等の決定について各年分による期間計算主義をとるものであるから、提出した申告書に特に参考事項として該当所得の発生経過につき具体的表示がなされている等、申告書の記載内容から正当な課税年分を認定しうる特別の事情にないかぎり、右のような所得の帰属年分を異にした申告書(七月予定申告書)の提出があるからといえ、すでにこの点においてこれを所得税につき無申告として取扱うももとより違法ではない。)、さらに右の無申告または期限後申告が原告の主張するような法律の不知ないし誤解にもとずくものであるとしても、単にその主張のかぎりでは所得税法五六条三項および資産再評価法八〇条一項所定の無申告加算税を免れうべき真にやむをえないものとしての正当事由とはなりえず、以上布施税務署長のなした各無申告加算税の決定に違法とする点なく、これを認容して原告の審査請求を棄却した被告の本件各審査決定も何ら違法ありとはいえない。

よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 岩口守夫 山本久己 池尾隆良)

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